毎年10月、アメリカでは「製造月間(Manufacturing Month)」として、製造業の革新、人材育成、そして産業の未来に光を当てる取り組みが全国で展開されます。
工場が一般に開放され、政策担当者が未来への展望を語り、製造業の再興を期待する声が高まります。
しかし、その祝賀のムードの裏側には、より深刻な現実があります。
カーボン排出規制の強化、資源の枯渇、そして投資家によるサステナビリティへの実効性要求。
製造業は、いま複雑に絡み合う圧力にさらされています。
問題は、志が足りないことではありません。
課題はむしろ、多くの企業が今なお、「再利用」や「循環性」を想定していない構造の上で事業を行っているという点にあります。
サステナビリティは、現代の製造業における合言葉となりました。
しかし実際には、世界中の生産インフラの多くが依然として「直線的=リニア」な仕組みのままです。
素材を採掘し、製品をつくり、販売し、やがて廃棄する。
この一方通行のプロセスの中で、私たちは想像以上の価値を失っています。
原材料コストの上昇、サプライチェーンの不安定化、そして人材不足。
こうした制約に直面するいま、従来のモデルは、もはや持続可能とは言えません。
その障壁は、思想の問題ではなく、「設計された構造そのもの」にあります。
多くの製品アーキテクチャは、コストと性能を最大化するために最適化されてきました。
しかし、長寿命化や再利用を前提とした設計にはなっていません。
部品は、溶接されたり、接着されたり、あるいは一体化しすぎていて、分解や再利用がほぼ不可能な状態になっています。
さらに、製品のライフサイクルに関する情報は、設計・製造・サービス部門の間で分断されがちです。
多くの企業がデジタル化には投資しているものの、製品や工場そのもののアーキテクチャを、「再利用可能な構造」へと再設計している例は、まだ限られています。
この結果、目標と現実の間に、ギャップが生まれます。
サステナビリティ目標は年々高まる一方で、部品・システム・データの関係性を定義する設計ロジックは、変わらないままです。
環境負荷をシミュレーションするツールは存在しますが、製品ライフサイクルの約8割が決まる設計初期段階には、ほとんど活用されていません。
本当に必要なのは、
「その工場が何をつくるのか」──その問い自体を、根本から見直すことです。
近年の研究によって、こうした課題に対する具体的な解決策が見えはじめています。
モジュラー化された標準設計のアプローチ。
それは、分解・再構成を可能にし、循環型製造を支える最も有効な手段のひとつであることが、さまざまな調査で示されています。
特に、「分解可能性を前提とした設計(Design for Disassembly)」との組み合わせによって、再利用性は飛躍的に高まります。[1], [2]
これは、サーキュラリティ(循環性)を理想論から現実に変える考え方です。
製品の終末処理でリサイクルするのではなく、設計段階から再利用を組み込む。
その視点こそが、いま求められています。
加えて、こうした構造的柔軟性は、外部変化に対するレジリエンスにもつながります。
サプライチェーンが混乱しても、モジュラー構造ならば、地域ごとの生産切り替えや素材の代替、サプライヤー変更が柔軟に対応できます。
再利用の経済的メリットも明確になりつつあります。
総保有コストの削減、イノベーションサイクルの短縮、そして希少資源への依存度の低下。
この転換は、単なる工場の改善にとどまりません。
設計ガバナンス、ライフサイクルの責任の持ち方、エンジニアリングデータの流れそのものを再構築する必要があります。
そして、こうした構造的な見直しを実行した企業ほど、サステナビリティと利益の両立が可能であることを実感し始めています。
なぜなら、その土台となる設計構造が、両者を支えているからです。
製造業月間は、こう問いかける好機でもあります。
これらの問いへの答えが、今後10年の製造業の競争力を左右します。
サステナビリティを「PR目的の目標」ではなく、「企業能力としての構造」にまで昇華できるかどうか。
その差が、人材、投資、そして顧客からの信頼を分ける要因となるのです。
この10月、製造業月間が称えるべきなのは、製造業の進歩だけではありません。
私たちがこれまで当然としてきた設計の前提に、問いを投げかけること。
そして、サステナビリティを、工場の外ではなく「図面の中」にも埋め込むこと。
その転換は、設計そのものの見直しから始まります。
標準化され、再利用可能なモジュールによって構成される製品。
それによって、サーキュラリティは製品寿命の「終わり」で実現される理想ではなく、日常業務の一部となります。
廃棄物を削減し、保守を簡素化し、製品ライフサイクルを延ばす。
それこそが、構造によって持続可能性を実現する、静かな革命なのです。
そしてその革命こそが、製造業月間が真に祝うべき未来ではないでしょうか。
参考文献
[1] Johansson, P. and Li, S. (2025). 「循環型製造における製品の再利用・再目的化:主要課題と今後の方向性に関するレビュー」, Journal of Manufacturing and Materials Processing, Springer, 2025年3月.Available at: https://link.springer.com/article/10.1007/s13243-025-00153-y. (Accessed: 6 October 2025).
[2] Kumar, A. and Persson, L. (2025). 「モジュール製品開発における分解設計:方法論と産業応用」, arXiv preprint, 2025年5月. https://arxiv.org/abs/2505.01762.